
本尊は,11面観世音菩薩で,弘法大師の作と伝えられております。約900年程前,武田家始祖,新羅三郎義光は京都にて朝廷につかえておりましたが,兄の八幡太郎義家公の奥羽征伐の戦いが軍利あらざると聞き,官を捨てて赴援した。この赴援の行に念持仏として常に11面観音を奉持せるに,異形の猛将が鬼変出没して義家公を擁護し,その甲斐あって,義家公は戦利を収めた。そして凱旋するや,当寺山林中に地を相し殿堂,回廊,楼門等を建て霊体を納め併せて自らが着用した甲冑一領を奉献し仏供田を奉納したた。此の故に「鎧堂」と言われ,又「鎧田」の地名が残っています。
爾来,武田氏一族尊崇篤く寺領を賜り,特に信玄公に至って兵を信州に進めるに当たっては,常に当観世音に参詣して戦勝を祈願し戦陣に臨んで勝利を収めたため,武田氏信濃攻略の祈願所に当てられたと言われております。(立て看板より)